『おすすめの手土産』

今週のお題「おすすめの手土産」



『ねぇ、だからさ、何がいいと思う、手土産』
 スマートフォンごしに愚痴をひとくさり連ねたあとで、麻衣子は思い出したようにそういった。
『きいてる?、千紗きいてる?』
「きいてる」
 千紗はパソコンでイラストを描いていた。千紗はパソコンで電話をしてくれとずっと言っているが、麻衣子はどうしても普通に電話をかけてくる。以前会ったときに、スマートフォンにアプリをいれて設定もしたのに、とんと興味を示さない。
『いい手土産おしえてよ』
「デパ地下に、たくさん美味しいもの売っているじゃない。そこで買えばいいじゃない」
『たくさんありすぎるから困るのよ。新宿も渋谷も銀座も、どれだけデパートがあると思ってるの?』
 最近どこも行ってないなぁ、そもそも電車にもバスにものるほどの外出をしていないわぁ、と千紗は思い出したが、いま描いているのは人物画だから、乗り物は関係ない。
「いちばん近いところか、いちばん行きやすいところにいって、選べばいいじゃない」
『その選ぶのが大変だから、きいてるんだよ』
 なぜ赤の他人に選ばせるのか。千紗は不思議でたまらない。だが千紗よりずっと社交的で、交友関係の広いライフスタイルの麻衣子は、日々悩みが多いから、選択するという行動を少しでも減らしたいのだろう。モニタのなかの理想的なプロポーションの少女は、そんな憂うつに煩わされることなく微笑んでいる。
「私はデパ地下に行かないから、選べないよ」
『だから何か知ってるの教えて』
 何か知ってるの、教えて。「知っている」「何か」を求めているのか。危うい話である。砂上の楼閣である、夏の日の陽炎である。ゆらゆら、ふわふわと踊るスカートの裾、たなびくリボン、しなやかな指先がつまむ麦わら帽子。
「麻衣子は何が好きなの」
『あ、それ、自分が好きなものをおくればいいじゃないってやつでしょう? ダメなんだよそれじゃ〜。自分が本当に好きなものを選ぶとするでしょ?、それをもっていくとするじゃん? もらったほうは、たいていそれほどたいして喜ばないわけよ。リアクションが薄いのよ。それじゃあ私のすごい好きな気持ちが、踏みにじられたような感じがするじゃん。かといってさ、相手のことを思って考えて、相手が好きそうなものを選ぼうとするじゃん? そんなのエスパーじゃないんだから、わかるわけないじゃん?』
 千紗は密かに舌打ちした。言うことを聞かない自分の手を、神と呼ばれる人と十秒でも取り替えたい。
「新宿の伊勢丹にいって、人気や売り上げランキング一位のものを贈ってみては」
『ランキング?』
「自分の主観をいれるからややこしいのかもしれない。すでにある一番を選択して持っていけば、良いも悪いも、関係無いでしょう。ランキング一位ですよ、ということだけだから」
『ふーん?』
 少し不満げだが、興味はもったようだった。
『わかんないけど、それやったことないからやってみるわ』
「うん」
 それでケチをつけられたらどうしよう、と話が延長戦になるかと千紗は身構えたが、麻衣子は電話を切った。浮かれた少女のような話し声が耳に残る。描いている少女は多分、彼女には似ていない。



(八百字よりだいぶオーバー)

『ここまでは寒くここからはあつい』

 からだの半分が寒く、からだの半分があつく。変な具合になって目が覚める。一人の同じからだなのに、上と下でこうもちがう。つやっぽい話ではない。寝られないのでクーラーをつける。冷たい風がふれると、からだがこわばって、タオルケットをずりあげる。だが下半分は汗ばむまま。
 眠いのに寝ようと思うと寝られなくて、スマートフォンに手を伸ばす。手のひらのなかの青い光を、一時間でも二時間でも、SNSを眺めている。そんなことをしているから寝られないのだと、ようやくある日、充電器を遠ざける。別の部屋に。起き出してとりにいくほどではないから。
 代わりに電子書籍リーダーを枕元にもってきたら、マンガも読めるので同じ事だった。一巻、二巻、三巻、四巻。読み尽くせば、数頁で終わるサンプルをダウンロード。それでそれも他の部屋へ。
 枕元に目覚まし時計代わりの古い携帯だけになって、目を覚ましてもすることはなくなった。
 ただ、ここまでは寒く、ここからがあついことだけが、気になる。寝返りをうっても、同じこと。半分寒く半分あつく。じたばたしていても、ある瞬間突然眠気がやってくる。クーラーがきいた。はれぼったい手を押さえ、からだの半分の居心地の悪さを感じつつ、すとんと眠りに落ちる。それで朝まで熟睡なんてうまい話はない。
 寝不足のまま昼間の世界をのろのろ歩く。気になった感覚だけは引きずったまま。夏はまだ続く、秋はまだ遠く、ぶるぶると寒さに震える冬など、想像難しものになる。都合のよいあたま。ただここまでとここからが、冷め切らない頭を占める懸案事項。
 忘れる、遠ざかる、また思い出す。冬は遠く、熱帯夜はこの夜の問題。

『シロというネコ』

 全身真っ白なので「シロ」という名前のネコは、まれに見る凶暴凶悪な猫だった。一緒に住んでいる家族にはなついているようだが、その家に頻繁に出入りする、近所や親戚など、ありとあらゆる人間を、眼光鋭くにらみつけ、もし心地よくなでてもらったとしても、そこからごろにゃあと機嫌良くはならない。ましてや動物に、ネコに不慣れな人間に対しては、何様のつもりだと目もくれないし、憤怒の形相で威嚇してくる。
 里帰りした息子夫婦の布団をどうどうと占拠し、冬は炬燵のなかの王者であり、人が横になれば夏でもお腹に乗ってくる。気まぐれに外へ出ようとする。「こら!」と家人が呼び止めると、足をとめてちらりと振り返る。だがまた歩を進める。片手でスイーと引き戸をあけて、結局でていく。だがすぐに戻ってきて、たいてい家の中でごろごろしている。家族が台所に立つと、何か食い物がもらえるのだと、冷蔵庫のそばにたち、にゃあにゃあと話かける。呼ばれるたびにエサをあげていては、デブネコまっしぐら。節制を強いられると反抗的。
 まだ若い頃は、目の前にちらちらするものがあると、野生の血が騒いでいた。別猫のように、跳ねる、飛びつく。だがずいぶん老いた。毛はぼそぼそとみすぼらしくなり、細くなり、ゴツゴツと骨張った足腰。冷蔵庫の下に立つことはやめないが、そこにとどまることがおおくなったのか、近くにダンボール箱もすえて、くるりとちいさく丸くなる。
 ごろりと寝ていることが多い。動きは緩慢で、まるで白い幽霊のように、じっとどこかをみていたり。だがソファを毛だらけにして、苦情を訴える家族とにゃあにゃあと言い合いもする。頭をなでたらできものでもあったのか、逆上して爪をたてた。肉球はいろあせて、爪があまりひっこんでいない。
 
 

匿名でも、君はそこにいてほしい。

暑い朝、ツイッターのタイムラインに二つの訃報が流れてきた。両方とも、フォローはしておらず、たまにリツイートでみかけるアカウントだった。ひとつは、本人の近親者という人がアカウントの持ち主の死を告げていた。もうひとつは、肉親ではない近しい人が、死を知らせていた。

後者は、話をみかけた人も多いだろう、熱中症かと思っていたらくも膜下だった。最後のいくつかのツイートは、からだの不調や家族に言われたことだった。ツイートに対する返信も、きづかうものがあった。やるせない気持ちにおそわれた。

前者は、ある界隈では少し知られていて、しかしフォロアーは数百人もいっていなかったから、そこまで有名というわけではない。最後のほうは、かなり炎上しているやりとりをどこかのアカウントと続けていた。そんな騒ぎになっているとは知らなかったし、そこまでアクが強い内容をツイートしていたとは思えない。そもそも規模が小さい(?)アカウントなので、亡くなったとの知らせがあれど、本当かどうかわからない。だが周囲の人たちは、本当だったら悲しい、と困惑と悲しみをにじませていた。

どちらも、本当にその人が亡くなったかどうか、赤の他人にはわからない。リアルに付き合いをしている人がある人は、確かめることができる。だが匿名で、なりきりで、のようなアカウントの場合、死の知らせはひどく曖昧だ。もしかしてその知らせは、アカウントを劇的に終わらせるための手段かもしれない。

そうであってほしいと願う。炎上して追いつめられて、リアルな世界にトラブルを持ち込む前に、ネット上で自分を殺す。それが無傷だとはいえないけれど、本当に死んではいけない。

見知らぬ匿名の、気配を殺した、生身でない存在でも、プログラムのbotでも、発信する元の君はそこにいてほしい。死なずに生きていてほしい。ネットで追いつめられたら、ぜんぶ投げ出してかまわないから。君は生きる場所はそこだ。