『好きなアイス』

「近所のまいばすけっとに、ブルーシールが売ってたんだよ」
 何をトリガーに思い出したのか、唐突に翔太はいった。パカっとひらいたような笑顔だ。今日のビールは三杯目だが。暑い日で外の席で、すぐぬるくなるからと、ぐいぐい飲んでいた。かなりいいかんじに酔っぱらっている。
「それが、」上機嫌で言葉を続ける。「ハーゲンダッツより高い値段で売っていたんだよ」
「へえーー?」
「二十円くらい高い」
「そんなに高級なアイスだった?」
「わかんない」
 確かに値段を覚えていない。旅先では少々おおらかになるもので、よほどぼったくりだと思わないかぎり、記憶に刻み込めない。
「買ったの?」
「買ってない。あずきバーだよ、暑いし」
 暑いときにはあずきバーだ。という主張はよくわからないが。
「ちがう、白くまだ。白くま買った。帰ったら食べなきゃ」
 その店頭に並ぶのは、夏場だけらしい。
「でもいまは、ブルーシールたべたい」
「買わなかったのに?」
 今日はもう潮時だろうか。怪訝そうな顔をしていると、翔太はスマートフォンをごいごい操作して、お目当てをみつけ、ドヤ顔で画面をみせてきた。今飲んでいる店のすぐ近くに、ブルーシールのお店がある。てきとうに入った店だが、はじめからねらっていたのだろうか。
 飲み屋を切り上げて、ぐるっと裏手に回るように歩いていくと、すぐブルーシールの店舗があった。カップのアイスを買って、店内ではなく、また店の外の席で食べようと、彼は提案してきた。
 翔太は、毒々しい色だけど、沖縄の青い海と、青い空にうかぶ白い雲を思い出さないでもないブルーウェーブをほおばって、これだよこれと喜んでいる。しかし少しだけ声のトーンをさげていった。
「いまの店員、テンション低かったな」
「自分が酔っぱらってるから、そうみえるんじゃないの」
「だってアイスクリームの店だよ、ブルーシールなんだからさ、もっとコンニチワ!、とか、イラッシャイマセ!、とか明るい感じで言ってもよさそう」
 沖縄のブルーシールの店員はどうだっただろうか。国際通りはとにかく暑くて、笑顔ではあったが、さほどハイテンションではなかった。あの暑さでは、みんなぼんやり笑顔になるのもしょうがない。そもそもたいていどこもかしこもまったりしている。それが生きる知恵なのだ。思い返しているあいだに、翔太は勝手にパインソルベを食べていた。先ほどどうでもいい不満を口にしていたが、もうどうでもいいようである。


(1000文字ぐらい)