『ボタンの店』

 店中びっしりボタンが並んでいる。小さな狭い店のなかで、祖母はお店のおばさんと、しばし世間話をする。
 店の壁は引き出しで埋められて、天井までの隙間には、ボタンの箱が並んでいる。様々な色、形、きらきら。ただし全部ボタン、いま思えば、カラフルポップな色はなかった。全部おばさん向けだった。
 あの頃は、ずいぶん派手に見えたけど。自分で行きたい店に通い始めた頃に、古い店を思い出した。
 あのくすんだ狭い店にくらべて、この店といったら。夢のようなキラキラ、ふわふわ、色や柄のバリエーション、レースのリボン、チェーンもキットも選び放題。うかれて胸はときめいた。作業スペースもある。明るい広い場所で、邪魔されず、熱中できる。
 何度か足を運び、ささやかな散財を繰り返すと、冷静にもなってきた。あそこにはあって、ここにはないものがたくさんある。きっと流通経路が違うのだろう。
 私が好きなものは、欲しいと思うのは、ここに全部あるはずだ。あの古い店に行っても、私が買えるようなものはない。ボタンは安くない。印象に残るボタンは、それなりの値段がする。
 久しぶりに、その店の前を通りかかった。祖母はだいぶ前に亡くなっていた。店のおばあさんは、あの頃と同じ人か分からない。相変わらず店は、天井まで隙間無く、混沌としたボタンに囲まれて、まるで百年たった宝箱のようだが、のぞく時間も勇気もなかった。
 幼い頃の私は、足元から頭のずっと上まで並ぶボタンを、何度も下から上へ見上げていた。祖母とおばさんと、店に居合わせたしらない人たちは、笑ったり、ときには渋い顔をして、おしゃべりしていた。