『インディペンデンス』

 夢いっぱいの未来に包まれるような多幸感と、やり残したこと、できなかったことへの焦り、諦め、伝えられなかった喉元につまるだけのコトバの原石。
 いまでも思い出すと、ぐっと詰まるような錯覚をおこす。
「ちょっと、何やってるの!」
「え、えと…」
「ほら早く!、運転手がっ!」
 助手席に乗り込んだ姉は、大声出しながら慌てている。今日は十分時間に余裕があるのに。後ろではチャイルドシートに固定された甥っ子がそんな母親の姿を見て、けらけらと笑い出す。本日の主役。幼稚園の制服を着る最後の日。
「そんなにてんぱるなよ」
 笑いと感傷がまじった変な顔の変な声で言いながら乗り込み、エンジンをかける。
「てんぱってるかな?」
「うん」
「落ち着かないよねー」
「まぁね」
 甥っ子が後ろから何やらまくし立てはじめ、姉は体をねじりながら、大きめの声で相づちをうつ。
 卒園式で泣くなんて意味がわからないと思っていたが、きっと姉は号泣するだろう。ここまで無事に育って良かった、あんなことこんなことあったでしょう、自分もがんばった、でもいちばんがんばったのはこの子よ、な意味で。
 ただの運転手にわいてきている感情は、予想外のものだ。卒園式、卒業、なんだかずいぶん久しぶりじゃないか?。
 大学の卒業式もずいぶん遠くなって、もうほとんど忘れているはずだ。仲間とあって思い出話でもすれば何か思い出すかもしれないけど、そんなことをする機会もなかなかない。
 気になるなら電話どころかメールでもうて

ばいいものだが。
 それすらできない、しないのは、それぞれがちがうリズムで生きている(に違いない)ことを知っているからだ。
 きっと会わなかったことを死ぬほど後悔する日がいつかくるなら…
「あれぇいっちゃんだー!!」
 つんざけるようなハイテンションな声に我にかえる。前を行く車のなかで、小さな手がひらひらしている。
からだは固定されているのでこっちをむけない。隣にいるお祖母さんが姉と軽く会釈しあった。
「よくわかったなあー」
「さっき並走したのよ少し。」
 そうか。
 甥っ子は親友を見つけてひときわバタバタしだす。姉のテンションがうつってるらしい。
 彼らがこの先いつまで一緒に、走ったり笑ったりできるのだろう。
 少しずつ境遇や進む道が変わっても、相手を思いやることだけは忘れないでほしい。
 なんてことを思ったら、バカとかいた矢印が後頭部から刺さったような気がして、涙が滲んできた。


(初出:note,当然のことながらもう800字越えている)